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単車のページ

もてぎ7時間耐久レース 参戦プロジェクト


平成15年 9月 7日 更新終了。




長くサーキットに通っていると、いろいろな知り合いが出来、単車の話やら、レースの話など 歳の差など関係なく、楽しい一時を過ごしている。去年、M選手ともてぎ7時間耐久ロード レースを観戦。「そのうち、大きな単車を買って、こんなレースに出たい」と思っていた。

ある時、酒の席で、「もて耐、出ましょうよ!」と誘われ、ほろ酔い気分で「出ましょう」と 返事をしてしまった。

そして、このプロジェクトが始まったのである。もちろん私の心の中には、あのBGMが 流れていた・・・。

さて、「もてぎオープン7時間耐久ロードレース」(通称 もて耐)は、一応100cc以上の 市販車であれば、参戦出来るレースが売り文句である。

大会主旨
 ツインリンクもてぎは、モーターサイクルスポーツファンの皆様に、
気軽に、ご家族お友達と共にレースをお楽しみ頂きたいとの願いを込め、
ライダーおよびにチームクルーとして大勢でご参加頂けるモーターサイ
クルレースの祭典を目指して1998年より本大会を開催しております。
 また、既存レースカテゴリーの枠を超え、MFJ国内ライセンス以上
をお持ちの方ならどなたでもご参加頂け、車両も排気量100cc以上の
オープンとして、マシンや道具類にかかる費用を抑えた’もて耐’オリ
ジナルの特別規則書によるMFJ公認レースとして開催致します。

しかし、実際7時間耐久まで出場出来るチームは、 有名なレーシングチームが多く、一夜漬けのチーム体制ではとても7時間決勝レースまで 出る事は出来ない。でも一応参加すれば、最低70分(参加台数が265台以上の場合)の 耐久レースには参戦出来るのである。当初二人だけで話が盛り上がってしまったが、 実際に今後このレースに参戦出来る機会(時間的、金銭的、人間的、体力的、気力的理由で) がこないと思うので、もう一人ライダーを集め、最低参加人数で望む事にした。
そもそも、参戦するに当たって、M選手と私のチーム監督S選手が同じ単車を所有して レースに参戦していた 事が、話の始まりである。同じ単車が2台あれば、何かの時にはとても便利だし、 新たに単車を買う、またはレースマシンを制作する事が省ける。

しかし、当のS選手はライダーとしての参戦を拒否したので、新たにライダーを 探す事にした。数名の知り合いにメールで連絡したが、良い返事が帰ってこない。 ある時ツクバの練習でばったりとあったY選手に話を持ちかけてみると、「おもしろ そうですね」と、乗り気である。数日後参戦の返事が来て、いよいよライダー3名が 集まり、参戦の道が開けてきた。

もちろんピットクルー集めも同時に進めていた。ここ2戦私のレースのサポートを してくれたA君も早急にピットクルーライセンスを取得して、ピットマンとして 参戦を表明。他に、2台目の単車のオーナーのS選手、M選手のサポートとして Kさん、Hさん、Y選手、総勢7名の即席チームが誕生した。

今後、このチーム(まだ名前が決まっていない)の進捗状況をなるべく詳しくレポート し、これから参戦を考えている人の参考になる様に、更新してゆく予定。

さて、ここまで決まれば、当チームのマシンの紹介である。マシンは「 スズキ SV  650」である。なんとも頼もしいファイティングマシンである。これが我がチームの 「スーパーウエポン」(?)です。

SV650



   2003.5.18 (日)

さて、通称「もて耐」は、去年とは一部レギュレーションの変更があり、巷では、その話題で 持ちきりである。最も注目された点は、「給油方法」である。今年から、給油はピットでは 行わずに、ガソリンスタンドまで、単車を押して行き、一回に付き最大15リットル給油 する方式に変わった。耐久レースでは必ず行われる給油が、今までの方法と違うのは 大きな問題である。

同じ様な単車が何台も参戦している耐久レースでは、燃費もほとんど同じである為、レース スタートから一定の時間が経過すれば、何台もガソリンスタンドに駆け込む事となり、 渋滞が発生するかも知れないし、ピットの外でも、単車を押してガソリンスタンドまでの 短いレースが行われるかも知れない。有力チームの番狂わせが起き、混乱が予想された。

そこで、同じレギュレーションで行われる「モテギ ロードレースチャンピオンシップ」 を見学する事にした。下記にその時撮った写真を張り付けた。

給油方法

給油は、すべてオフィシャルでタイムが管理されていて、すべての参加車両は、10分間の 給油時間が課せられた。給油の為ピットインしたマシンは、タイムカードを発行して頂き、 どんなに急いでも、10分経過しないと、給油ピットから出れないのである。これなら ガソリンスタンドで渋滞は出来ない。入ってきた順に出されるので、急いでマシンを 押す事も無い。とても公平的な方法である。当然ガソリン代金の授受は無く、ピットクルー も財布無しで安心。

この方法だと、1回の給油に最低10分必要である。耐久レースを優位に進めるには、マシン の燃費を向上させると、給油時間のロスが少なくなる。

2時間耐久では、ほとんどのマシンが給油1回と思われるが、万が一、当チームが 間違って3時間耐久レースに出る事になれば、上位に食い込めるかも知れないと、 考えた私だったが、情報では、最近のGSXR1000は8キロメートル/1リットルも 走るらしい。 SV650とほとんど変わりない数字である。 もしかすると、600ccマルチの単車が一番不利かも知れない。

   2003.5.29 (木)

申し込み締め切りが近づき、まずは、最初の共同作業。チーム名の選出である。

取り敢えず、参加する事を第一目標としているので、それほど凝った名前は必要無い と思っていたので、酒を飲みながら、「まあ、ブラックジョークも入れようか」と 当方一人で考えた物を、参加者全員にメールで送り、アンケートを取る事にした。 何度かのメールのやり取りの結果、 ライダー3名の共通の話題を入れたのが、一番無難な物となり、

「T3ビアフレンズRT&シブデジ」

に決定した。「T3]とは、「ツクバ  ツーリスト トロフィー」の頭文字を取った物で、「ビアフレンズ」はその名の通り、 ライダー3名ともビール大好き、「RT」は、レーシングチームの略である。 「シブテジ」は、スポンサーの名前である。少しはスポンサーのお役に立ちたいので、 下記にアドレスを書いておきます。皆さん、クリックしてね。

有限会社 [shib-de-G] へジャンプします。

   2003.5.31 (土)

参加申し込みも無事に終了し、これからがレースに向けての本番である。

なんといっても、一番の問題は、当方のタイムである。ツクバでは、250ccの単気筒で それなりのタイムは出ているが、何せ大きなマシンでサーキットを「攻めて」走った事が無い。 6月11日(水)には、一回目の公式練習が始まるので、それまでに「SV650]に試乗 したかった。M選手が「もて耐」の前哨戦として約1年半ぶりに6月の「T・T・T」に 参戦。マシンも足回りのセッティングを有名ショップでやり直して頂き、準備は整って いた。台風が近づいているのを承知の上、31日(土)の予約を入れた。

当日、朝から雨は降っておらず、路面もドライである。8時からM選手の走行が始まり、 「今日の午前中は雨は降らなさそうだ」と楽観視していた。そして、やっぱり天気 予報があたり、当方の走行30分前には、土砂降りである。しかし、今日しか走り慣れた ツクバを走る機会が無いので、意を決して走り出した。

走り出す前には、「逆チェンジ」だと十分に頭に入れたのだが、やっぱり何度もシフトミス を繰り返す。雨のおかげでエンジン回転を上げられずにいたので、転倒は免れた。今回より タイヤの銘柄と偏平率を変えたタイヤは、見るからにドライ専用パターンで、フルバンク あたりでは、タイヤに溝が無い。「溝が無い部分は滑りますよ」とM選手の言葉が、頭に 張りつく。コーナーごとのギヤーも判らず、5週程、人間のナラシ走行。それでも、ラフに アクセルを開けると、リアタイヤが滑る。フロントブレーキは、ブレンボに変更し、「良く 効くパッド」になった為、指一本でロックしそうである。慣れてくると、とても乗りやすい マシンである事に気がつく。でも、25秒くらいでは、本来のマシン性能を十分に出してい ない。最終コーナーでは、車用のグリットラインに乗ると、滑る。これが一番、怖かった。 段々、遅い単車に追いついてきた。前を走るのは、ドカである。何とか抜かそうと 思ったが、最終コーナーのフラツキには、これ以上我慢できずに 終了時間前にコースからオサラバしました。

カウルが付いているマシンなので、体はほとんど濡れなかった。他のライダーとは身長も それほど変わらないので、ライディングポジションは変更なくてもよさそうである。 結局ベストタイムは、24秒の中程。サーキットコンディションが悪すぎ。こんなタイム なら、SRXでも走れます。走行後、シフトアームの上下の向きを入れ換えると、「正 チェンジ」になる事を確認し、2本目の走行をあきらめた。

まあ、これで11日の予行練習は終わり。後はどうなる事やら。

   2003.6.11(水)〜12(木) 第一回公開練習日

1日目 6月 11日 (水)

あっと言う間に、第一回公開練習日を迎えた。3人とも初めて走るサーキットで、とても緊張 していた。天気予報では、二日間とも雨なので、走行車両は少ない様だ。ピットは、ほとんど埋まって いたが、「庄内」ナンバーのチームのピット半分を借りる事が出来た。

モテギのライセンスを持っていると、今後の練習も出来るので、公式練習が 始まる前に、「ライセンス講習会」に出席。仮ライセンスを取得。これで共済金は払わなくて すむ。

当チームの正式ゼッケンナンバーは、「210」である。 最低でも210チームが参戦していると思われた。

走行前のブリーフィングに出席。ここで初めて参加台数を知らされた。なんと、去年を上回る 246チーム、ライダーは総勢1000人を超えるらしい。参加締め切り直前の情報では 150チームと言われていたが、締め切り日には多くの参加申し込みがあったらしい。 当然、この台数では7時間耐久、3時間耐久、2時間耐久×2レースが行われる。当初、 150台と言うウワサを信じて、「3時間耐久に出場か!!」と思われたが、それほど 世の中は甘くない。チーム発足時に考えていた通り、「2時間耐久の上位入賞」が 目標になった。

ブリーフィング終了後、「初心者講習会」があったので、それにも参加。講師は、i−factory の社長、五百部徳雄さん、アドバイザーとして、青木治親選手、須貝義行選手。内容は、フラッグの 確認と、ラインの確認等である。サーキット初心者には、先導車付きの走行も行われる。 まあ、初めてのコースなので、それを利用する事も考えたが、まずは1回走ってから考える事に した。

そして、単車の準備。特にやる事は無い。当方は、C組なので、1回目は12時から1時間15分、 2回目は16時から1時間の練習枠がある。まずは3人とも均等に時間を使う事にした。しかし、 当方は、正チェンジ、M選手、Y選手は逆チェンジ。当方の走行前には、チェンジレバーの 向きを変える作業が有る為、各練習時間の最後のライダーとなる。

いよいよ、1回目の走行が始まった。まずはM選手。タイヤを温めながら6週を終了。 実はサインボードが確認できず、早めに終了。次は Y選手。2週目くらいにはいきなり2分24秒で戻ってくる。20秒を切ると思われたが、 約束の周回を終わり、ピットイン。チェンジレバーの向きを変えて、当方の出番となった。  広いコースなので、どれを目標にしてラインを取って良いか、まったく判らない。ツクバの 様に、出口が見えるコーナーが少なく、当方としては、未知のスピードで突っ込む事が 出来ない。7週ほどでピットインのボードを確認。その後またM選手が走行。 大きな排気量のマシンにも慣れず、散々なタイムで終了。結局当方のベスト タイムは、2分43秒。お話にならないタイムである。

他の二人のライダーになぐされられ、2回目には、先導車付きの初心者講習を受ける事に した。同じピットにいた「庄内」ナンバーの人にも、「親切に教えてくれるので、ラインを 習うには良い」と言われた。受け付けに行き、赤いゼッケンを頂き、先導車付きの講習を お願いしてきた。

2回目の走行が始まった。まずはM選手、今回は1時間なので、1回目より周回数が少ない。 次にY選手。結局20秒は切れなかったが、初日としては良いタイムだ。そして、当方の 出番。お約束どおり、赤いゼッケンを付け、講師のいるピットで単車を止めたが、誰も いない。ピットの中を覗いても誰もいない。仕方なくそのまま、ピットアウト。今回の 走行ではP−ラップが動いていたので、タイムを確認できた。何とか30秒を切りたいと コースを攻めるが、やはり怖い。結局、2分33秒がベスト。

まあ、今回の練習では30秒を目標にしていたので、まずは第一ハードル無事通過といった 感じ。やっぱり250cc単気筒で、狭いツクバしか経験が無いので、ハイスピードコーナー のモテギでは、単車、コースに慣れるまで、時間がかかりそうである。まあ、あと2カ月 あるので、じっくりと練習。2時間耐久では、130%の予選基準タイムは適用されない為、 他の二人のライダーの重荷にならぬタイムまで、頑張りたい。

2日目 6月 12日 (木)

さて、2日目は、雨。大きな雨粒が降ってくるわけではないが、路面が乾かない。周囲の山には 靄がかかっていた。

前日飲み過ぎたのか、少し二日酔い。そして精神的に凹んでいた。走行時間割りは昨日と同じ。 時々路面が乾き出していたので、走行直前までタイヤの選択を延ばした。時間が余っていたので、 当方はSRX250のクラッチ交換。

結局、レインタイヤを選んだ。今回用意したタイヤは全部で4セット、ドライ2セット、レイン 2セットである。その中で、使い古したレインタイヤを選んだ。まあ、3人とも、初めての サーキットでしかも雨。それほど攻める事も無いので、新しいレインタイヤを温存した。 レインタイヤの恩恵を感じているのは、M選手のみ。当方も、Y選手も未経験である。 楽しみであり、反面「未知との遭遇」である。

1本目、まずはM選手。A組、B組で、赤旗中断があり、走行時間は1時間に減らされた。 昨日の2回目と同じ段取りで作業を進める。そして、Y選手、やはりレインタイヤに 慣れない様だ。そして当方の出番。先導車付き講習も考えたが、タイム向上よりも コースレイアウトを覚える為に、どうせ低速走行になると思い、一人で走る事にした。 やはり雨は怖い。慣れない単車と慣れないタイヤ。そこそこグリップがあるとM選手が 言っていたが、それ以前の精神的な問題。5週程でチェッカー。当方のタイムは、 2分56秒。

2本目は、天候悪化により走行中止。2日間の公式練習は幕を下ろした。

タイム的には、これからの練習如何であるが、それ以外にも、燃費計算や装備品の チェック、車検官による車検相談等、いろいろと情報を集められた。ウワサでは2回目の 公式練習は今回以上に練習時間が少ないらしい。何とか時間を作り、練習時間を増やし タイム向上を測りたい。

モテギのHPに今回の練習風景が掲載されていた。なんと、ゼッケン「210」の当 チームのマシンが表紙を飾っている。

モテギ7時間耐久公式ホームページ

このまま、ずっと掲載される事を望むばかりである。

走行間隔が長い為、車検相談もお願いした。指摘されたのは、キャッチタンク関係のみ。

ブリーフィングにも出ていた車検官が、 「SVか、昔ツクバで、テリカリのSVが2秒で走っていた。個人的には好きなんだよね。」 となんとここにも「物好き(?)」がいました。

   2003.6.22 (日)

もて耐チーム結成式

もて耐参戦を機会に、2年ぶりにサーキットに戻ってきたM選手、NT入賞経験者のY選手、 (ちなみにこの二人は、NTクラスでライバルです)、万年14秒台の私、それぞれ、 2003 TTTレースを無事に終了。3人のライダーとも、怪我も無く、レースを終えた。 それぞれのチームのサポート者を混合した今回の「T3ビアフレンズRT&シブデジ」は、 レース終了後、初めての顔合わせを行った。帰りの運転もあるので、アルコール無しの、 顔合わせである。

   2003.7.9 (水)

サブマシンにて、ツクバの走行

前回、第1回公開練習にて、サーキットに慣れていない事を痛感し、「このまま数少ない 練習時間を無駄に過ごしてはいられない」と、考えを改め、S選手のマシンを借りて、 「人の倍、練習する」ことで、何とかレースタイムに近づきたいと考えた。
長年倉庫で寝ていたサブマシンをお借りし、そのままセッティングの変更をせず、 ツクバサーキットに持ち込んだ。Pラップを装着していない為、タイムは測定出来なかった。

1本目、8:00〜

前もって、エンジン始動だけは確認しておいたが、やはりバッテリーが弱っている。 十分に充電して、コースイン。すると、なんだかタイヤが良く滑る。まるで雨の中を 走っているようだ。リアブレーキなど、爪先が触れるだけで、ロックする。それに ノーマル状態のフロントフォークなので、柔らかすぎて怖い。1ヘヤでは、クリッピング 付近で、ハンドルがインに切れ込み、しかもフロントタイヤが外に流れる。 やはり、倉庫で寝ていたタイヤでは、グリップしないようだ。走行後、取り敢えず フロントフォークを固くしたかったので、40cc程、オイルを足した。

2本目、9:30〜

フロントフォークは少し硬くなり、コーナー中は落ち着き始めた。もう少し硬い方が よいようだ。タイヤのグリップは、少し向上している。一皮剥けたようだ。しかし、 単車に慣れない。コーナーでは思った様に曲がらない。一番感心したのは、ノーマル 状態のフロントブレーキでも、良く効いていた。2回も赤旗が出て、走行中断。 戦闘意欲も失せる。

3本目、11:00〜

2本目の終了後、フロントフォークオイルを再び追加。段々固くなってきたが、 ダンピング不足はそのままである。コーナーで曲がらない。やはり本格的に足回りを 組み直さないといけない様だ。
今日は、Y選手も、次期主力マシンのシェークダウンの日で、一緒の時間を走ったが、 あっと言う間に離された。彼は、8秒台を出したそうだ。もう一人、GSXで練習に 来ていた人に聞いてみると、「15秒は切れているでしょう」と言っていた。まあ、 今日の目標タイムは、切れていたようだ。
それにしても、BMWが大転倒。おまけに2台巻き込んだ。その内の1台は、たしか 今年の5月18日の「オープン3時間」に出ていた女の子である。幸いその女の子は たいした怪我もなかったが、BMWは、廃車である。

   2003.7.16 (水)

モテギにて、初めてのスポーツ走行

本日は、ライダー3名とも、初めてのモテギスポーツ走行である。3者とも、マシンは別。 当方は、借りたサブマシンの タイヤ交換、フロントフォークオイル交換、Pラップ、水温計の取付など、いろいろと 作業があった為、早めにサーキットに入る。

1本目、10:30〜

ツクバと比べると、コーナーのカントが少なく感じる為、とても走りづらい。130Rから S字は、まるで平原の中の1本道を走っているようだ。それに単車にも慣れていないし、 足回りにも不安が有り、アクセルを開けられない。結局、前回のタイムは更新したが、 まだ、2分31秒台である。

2本目、13:30〜

走行前にフロントフォークオイルを追加。その結果少しコーナーリングが向上。調子 に乗っていると、あっと言う間にノーマルステップが接地。怖い思いをした。それでも 2分29秒台。

コーナーのカントが少ないせいか、今まで使った事のないタイヤのせいか、マシンに 慣れないせいか、とにかくコーナーでのグリップ感が無く、とても怖い。まだ、ラインを 覚えきれない事もあり、コーナー入り口の看板を目当てにブレーキしているが、それが 逆に恐怖心をあおっているようだ。それでもタイム的には、徐々に向上しているので、 もっと練習するしか、方法がなさそうだ。

   2003.7.25 (金)

モテギにて、2回目のスポーツ走行

今日は、他のライダーが来れず、一人の練習である。マシンは、サブマシン。

前回の走行で、すこしは足回りの方向性が見えてきたので、もう少し固めにする為、 またフロントフォークオイルを追加する。これで、約540cc入れた事になる。 タイヤの空気圧も前回より、低めにした。

1本目、10:15〜

中途半端な時間から、走行が始まるので、あわててしまった。しばらくすると、 コーナーでのギヤー比があわない。ダウンヒルストレートでは、5速にしか、 入らない。それでも、ベストは2分27秒台。又も、ベスト更新である。(こんな 低調なタイムでも、向上すれば、それなりに面白さを感じる)。ビクトリーコーナー では、1速落として、脱出スピードを上げた。でも、まだ、レースタイムでは無い。 左右のノーマルステップ接地。オーナーのS選手は、ツクバでも接地していない と言っていた。当方の乗り方がおかしいのかもしれない。

2本目、11:45〜

調子に乗って、休憩時間を考えずに、続けざまに走行する事になった。やはり、 コースが長いせいか、1本目で大分疲れているようだ。ベストは、2分28秒台。 しかも、V字コーナーで、ハンドルがインに切れ込み、怖い思いをした。 戦闘意欲喪失。途中で、コースアウト。

実は、3本目も予約していたが、体力不足の為、走行しなかった。予想以上に 疲れていた。おまけに車の長距離ドライブで、腰が痛い。

   2003.7.31(木) 第二回公開練習日

二回目の公開練習日も、2日間割り当てられていたが、都合により、2日目からの参加になる。 今回の参加ライダーは、M選手と当方である。マシンは、メインマシンを交互に乗る。 1時間×1回の時間割り。ピットイン、ライダー 交代、シフトペダル交換など、実践的な作業も出来る。

ブリーフィングが始まる前に、ピレリーのテントでタイヤ交換を依頼する。これが後で大きな 波紋を投げかける。前回の公開練習と同じように、今回も初心者講習と、マーシャルカー 先導による走行も行われた。

1本目、11:15〜

まずはM選手。5週目には2分21秒を出す。30分程で、 ライダー交代。と、同時に赤旗で中断。その間に十分温まったタイヤの空気圧を計ると、なんと 3.5kg以上入っていた。タイヤ交換してから、空気圧を調整していなかった。 「滑る!!」と言って帰ってきたM選手、これで原因解決。でも、滑る状況で 彼のベストタイムを出す。この先が楽しみである。

そして当方の出番。メインマシンは、外観上ノーマルと違いはないが、足回りは、 別物である。今まで、ノーマルのマシンで練習してきたので、その違いには びっくり。良く曲がるマシンである。そして当方のベストタイムは、2分24秒台。 またもやベストタイム更新。走行後には、燃費計算も行い、作戦を組み立てる 土台を用意した。

2本目、15:15〜

新品タイヤで、しかも空気圧調整ずみ。しかし、M選手のタイムが伸びない。 当方も、同じ。1000ccクラスに抜かれる時のスピード差には、怖さを 感じる。戦闘意欲喪失。

それにしてもM選手は、「局地的雨男」、「空気圧パンパン男」など、いろいろと 逸話を残してくれる「頼もしい男」である。 実は、翌日に行われる「スキルアップミーティング」にも参加する予定。100馬力 マシンを横目に見ながら、さっさと帰る。

   2003.8.1(金) スキルアップミーティング

何とかタイムを向上させる為、モテギのHPで紹介されていた、「スキルアップ ミーティング」に、ライダー3名とも参加することにした。3者とも別のマシン。 M選手は、メインマシン、Y選手は、自前のVTR1000、当方は、サブマシンである。 どんな内容のミーティングなのか たのしみであったが、中身は公開練習とほぼ同じ。先導車に乗るライダーも 同じであった。しかし、30分×3本、昼飯付きは、安い。しかも、トランスポンダー を装着して走る為、公式タイムとして記録出来る。実際にPラップと比べると、誤差は ほんの少しある。が、ナンバー付きの車両も参加出来る。一般道で、飛ばしている そこの「あなた」、参加してみては、いかが?

M選手と当方は、初心者ゼッケンを借りて、走行する事にした。初心者ゼッケンは、 他のライダーに、「私は初心者だ!!」と知らせる役目と、希望すれば 先導付きの指導を受けられる。 3者集まっていろいろと話していると、どうも、当方のタイヤ空気圧に関するセッティング 方法が間違っている事に気がつく。走行前にあわててサブマシンの空気圧をさらに 下げた。念のため、メインマシンと当方のサブマシンの足回りの固さをチェック。 メインマシンは、前後スタンドを立て、乗車しても、ほどんど沈まない。体重をかけても ビクとも動かない。それに比べ、サブマシンは、フニャフニャ。リアサスのイニシャル を最強から1段下に上げ、ドライブチェーンが張り過ぎていると思ったので、大分 余裕が出る程に、調整した。

1本目、11:30〜

昨日はメインマシン。今日は、サブマシン。足回りが別物なので、別の単車のようだ。 ベストは、2分26秒。今日は、きっちりと3本走りたいので、1本目には、それほど 力を入れずに走った。タイヤの空気圧を下げたので、グリップ感が向上し、さらに、 コーナーで小回り出来るようになっていた。リアサスとチェーンを調整した成果が うまく行った様だ。

2本目、14:00〜

走り初めて、4週目に今までのベストと同タイムを出す。滑り出し好調と思ったが、 先導付き初心者講習の列に引っかかる。しかもシフトミス、ブレーキミスが重なり、 戦闘意欲喪失。途中でピットイン。まあ、サブマシンでも、2分24秒台を出したので、 転倒する前に辞める方がよいと考えた。

3本目、記録取り忘れ

やはり3本はきつい。タイムも出ない。途中でピットイン。M選手もほぼ同時に ピットイン。実はピットインする為、ヘヤピンをインベタで走っていると、 外側から見慣れたマシンに抜かれかかった。次の瞬間、そのマシンは、ゼブラに 一直線。M選手のマシンであった。コースアウトせずに帰って来れてなによりである。

翌日、モテギのHPを見ると、第二回公開練習のレポートが掲載されている。 残念ながら、メインページの写真は、他のマシンに変わっていた。しかし良く見ると、 下の方で、見慣れたツナギが写っている。また、M選手である。どうやら彼は、 「写真写りの良い男」でもあった。「局地的雨男」は、最近天候に恵まれ、 その名前を返上しつつある。

モテギ7時間耐久公式ホームページ 公開練習2回目レポート

練習量が増えるにつれ、当初の目標であった「2時間耐久の早い組」は、どんどん 遠のいて行く。「2時間耐久の遅い組」には、7耐目標のチームの内、予選でトラブル を起こしたチームが出るらしい。ものすごく早いマシンと、遅いマシンが同じ 時間帯に走るらしい。恐ろしい状況が目に浮かぶ。決勝での戦略も、燃費を考えながら 「どのタイミングでピットイン、給油するか」が、話に出始める。しかし、実際に 話をしていていも、自分の情けないタイムが気になり、考えられなかった。その後、 「食あたり」で、体調を崩し、次の練習日までに何とか体力を取り戻したい。

   2003.8.20(水)

本番前最後のスポーツ走行

8月は練習日も少なく、思った様に練習出来ない。その上、「食あたり」で3日程 寝込んでいた。体力的、精神的に大分落ち込んだお盆休みである。

メインマシンは、レースに備え、オイルキャッチタンク、他に2つのキャッチタンクを付け、 本番に向け準備は整った。今まで何回もレースに出ているマシンではあったが、ノーマル クラスに、ノーマル状態のマシンの場合、特にそのあたりの装備には甘かった。オイル受け アンダーカウルが着いていれば、出場出来たのだ。

ゼッケンは希望した「210」がそのまま採用された。第一回公開 練習日にモテギのHPに写真が載ったのがその理由である。(今は載っていない)。 ピットも決められた。「13」ピットを他の4チームと使う。その中には、全日本にも 出ているチームが含まれていた。去年も彼らはピット裏に大きなテントを張り、場所を 占領していた。今年も同じであろう。まあ、ピット内は少し譲ってくれるだろうが・・・。

今日は本番前の最後の練習である。それもライダー3名揃って、最終的な打ち合わせも 兼ねている。どんな打ち合わせかというと、まずはピットサインを出す練習、それを 見る練習、当日の車の手配、必要部品の確保、食事の用意。そして一番大事な「ビール」 の銘柄選び。今回は「ビールサーバー」を借りられるので、冷やした生ビールが頂ける。 「モルツ」にするか「一番絞り」「スーパードライ」など銘柄に悩む。それに増して、 問題なのは、その量である。どのくらいにするか?・・・。練習時間まで十分に時間が あったので、各自自分の好きな事を言いだす。終いには、「本番前にビールが無くなったら、 走りません」といい出すライダーもいた(当方です)。

当方1本目、11:00〜

暑くもなく、寒くもなく、路面温度も上がっていない。今日は3名とも 30分×2本走る予定である。 まずは当方が先人を切る。「ビール」の話で盛り上がっていた為、まるで目の前に にんじんをぶら下げられたバカ馬の様に、最初から良いタイムが出ている。マシンも 今日はメインマシンである。良く曲がるし、良く走る。途中赤旗も出たが、今までの タイムを更新。2分21秒台が出る。なんとも現金なライダーと自分を笑う。 しかし確実に体力は落ちていた。しかも左手首が腱鞘炎の様に痛い。寝込んでいる時に 寝違えたらしい。おまけに腰も痛い。

 

他のライダーの写真を取りながら、次の走行時間を待つ。Y選手のコースイン。「私だって ベストを3秒縮めたんだよ。たのんだよ」と檄を飛ばす。すると、あっと言う間にY選手が 2分14秒台で周回する。そのうちに、2分13秒7を出した。 ストップウォッチの計測ミスかも知れないが、戻ってきた彼のPラップを見ると、 しっかりと2分13秒台を表示している。こうなるとチームの士気が上がる。やっと 念願の「2時間耐久の早い組」が見えてきた。見えてきたと言うより、確実な世界が やってきたのだ。

現実的な話とは別に、装備品の話をしていると、なんと3名ともブーツに支障が出ていた。
Y選手  「新品のブーツをT.T.T.のジャンケン大会で獲得したので、それなら 車検OK。お気に入りのは靴底が剥がれていて、何回か接着剤で直した。」
当方は、「まだ新しいから大丈夫・・・・!? あれ、靴底が剥がれている。2月の 転倒で剥がれたらしい。接着剤で直します。」
M選手 「僕は大丈夫・・・!? あれ 剥がれてる???」
と、言うわけで、3名とも問題大有り。レースまでに直す約束。

当方2本目、15:30〜

1本目は新品状態のタイヤで走り出したが、Y選手のアグレッシブな走行で、リアタイヤは ボロボロ。それを見てしまうと、またトラウマが出てくる。精神的に少しでもタイヤに 不安があると、気力を無くしてしまう。案の定、タイヤのグリップは無くなっていた。 アクセルを開け始めると、リアが滑る。最初はいい具合に滑り、コーナーを小回り出来たが、 ビクトリーコーナーで、大きく滑った時には、戦闘意欲喪失。それでも、2分22秒前半を 出していた。

 

当方は、お盆やすに3日も寝込んでいたわりには、瞬間的にベストタイムを更新した。まあ、本番で今日以上の 気温になると、どうなるか判らない。

 

その後チームのタイムはどうなったかと言うと、滑るタイヤでもY選手は16秒台で走っていたし、 M選手も当方と同じように瞬間的にベストタイムを更新し、2分18秒台を出すことが出来た。

本番まであとわずかである。どんな結果が待ち受けているのか?万が一、予選でY選手が 12秒台を出すことが出来ると、主催者推薦枠で7耐に出れるかも知れない。でも、 そんな準備は出来ていない。

この続きは、モテギのHPで、楽しんで下さい。

モテギ7時間耐久公式ホームページ

さて、前から気になっていたマシンが隣のピットにいた。ゼッケンは「200」。どう見ても、SDRの フレームに単気筒のエンジンを載せている。レールカウルには、オレンジ色のマーキングがしてあるので、 400ccである。それにどこかで聞いた事のあるチーム名である。今年のT.T.T.で 2連勝しているS選手が所属するチームだ。すべての練習が終わると彼らから話しかけてきた。 どうも燃費の面でSVを注目しているようだ。いろいろと話をしていると、2連勝している S選手は今回そのチームの監督としてもて耐に来るそうである。今まで話をした事が無いので、 会う事が楽しみだ。

バイクショップ クロスロード ホームページへ

後片付けも終わり、最後にピットロードスピード制限を守る為、実際にマシンと車を並走させ、 その時のエンジン回転数を記録することにした。Bパドックに当方の車(ディーゼル車)で テストするが、どんなにアクセル踏んでも、60qが出せない。Y選手の車に交換して 再測定。Y選手曰く、「なかなかスピード出なくて、あっと言う間にフェンスが近づく。 コースをマシンで走るより怖かった」そうだ。

   2003.8.28(木)

本番前最後の公式練習日

レースを迎えるにあたり、いろいろと準備をこなしてきた。しかし、直前になり、大きな問題に 直面した。今まで使用してきたタイヤの国内在庫が無いのである。この事実を知ったのは、レース 3日前である。あわてて、代用品を探したり、他の店の在庫を聞きまわった。が、国内在庫が ないので、販売店にもない。何とかM選手がお世話になっているレーシングショップに頼み込んで、 探して頂く事になり、どうにかレースには間に合った。この事がこれから始まるいろいろな エピソードの始まりである。

今回用意したタイヤの山 テント設営、とアプリリア

まずは、指定されたピットでマシンその他を下ろす。「13」ピット裏には、もう i−factoryの大きなテントが張られていた。社長の五百部徳雄さんが居たので、挨拶を する。「テントは自由に使って下さい」と言っていたが、当チームのテントはピットの直ぐ裏の 駐車スペースに張った。有名チームであるが、装備品などはとてもきれいにまとめられていて、 他チームにも配慮されている。事実、レース中、邪魔だと感じた事は無かった。

さて本日は、レースの受け付け、車検などがあり、その間に練習時間があるという忙しい日である。 本番前に体を慣らす為、30分×1回の練習を予定していた。ライダー3名で交互に走っても、 あまり練習にならないと思い、当方は走行しなかった。まずは、その走行の為のタイヤの準備 である。前回まで使用していたリアタイヤはもう限界だったので、今まで使ったタイヤの内、 状態の良い物を選び、交換することになった。古タイヤ1本と、リアホィールを台車に積み、 ピレリーのタイヤサービスに向かった。

 

エピソード 1

「交換ですか?」

「そうです」

「交換ですか...?」   (とても困った顔つき)

「この古タイヤと入れ換えてください。」

「ハイ、かしこまりました。」と、急に顔が明るくなる。リアタイヤの国内在庫が無く、 困っていたようだ。「モタードで良く使われていて、急に在庫が無くなりました」と 言っていた。

ところで、「モタード」って何?クルーに聞くと、「昔のターミネーターみたいな単車」 だそうだ。

3回ある公式練習のうち、昼頃に行われる30分×1本を二人のライダーで走る事になった。 まずはM選手、21秒台。続いてはY選手、16秒台。練習時間が短いのと、レース直前 なので、無理はしなかった様だ。

 

エピソード 2

練習走行終了後、前後タイヤの交換の為、またピレリーのタイヤサービスに、新品タイヤ 1セットとホィール1セットを持ち込んで交換をお願いした。

サービスマンがそのタイヤを見るなり、

「このタイヤ、どこで買いました?」

「○さんの所です」

「そうですか。どうしてもと頼まれて、他の店から回したものです。最初は断った のですが・・・・・。」と言っていた。不思議な「つながり」を感じた。

 

さて、マシンの準備は、予選に向け徐々に進んでいる。M選手が、「車検に行く時新品タイヤに ゴミが付くので、古いレインタイヤに交換してくれ」と、とても神経質になっている。 その他はいつものツクバの車検と同じ作業をこなす。夕方から行われた「受付け」 も無事に終わり、ステッカー等の細かい作業となる。オイルアンダーカウルに、ステッカーを 張るついでにオイル交換しようと、カウルを外す時、カウルステーにひび割れを発見。 4カ所で止まっている内の一カ所である。まあ、車検には問題無いと思うが、今までのマシンの 振動でひび割れを起こしたと考えると、3カ所で走るのは不安である。今後の走行 には、必ず必要である。

メインマシンに取り付けられたオイルアンダーカウルは、VTR1000用の物に、 オリジナルステーを作り、取り付けた物である。ステーの作りはとても巧妙で、流石、 レーシングショップで制作しただけはある。サブマシンのオイルアンダーカウルは SV650専用設計の「レーシングサプライ」製である。早速取り付けようとしたが、 あいにく、シフト交換が出来ない。私は正チェンジ、残る二人のライダーは、逆チェンジ である。私の交代前と後には、必ずシフト交換の作業が入る。そのたびにオイルアンダー カウルを外していては、時間がもったいない。何とかオリジナルのステーを直し、 レースを迎えたい。

これだけ有名なチームや参加者が多いので、何らかの手段は探せると考えた。 まずは、サーキットに来ているY選手の知り合いに、「アルミの溶接が出来る設備の工場」を 聞いた。しかし、知らない。そういえば、南ゲートを左に出ると、「TSR モテギ」の 看板を見た事を思い出す。そこに行けば、アルミの溶接設備は揃っているはずである。 何せ、もて耐では有名チームである。(あいにく今年は出ていないが)そこでM選手と、 私は、アプリリアに乗って、まずは茂木市内のホームセンターで使えそうな汎用ステーと、 切削する為に、ハンドグラインダーを購入。その帰り道に「TSR]に寄ると・・・。

 

エピソード 3

綿ツナギを来た男性が車で出かけようとしていた。

「すいません。アルミの溶接出来ますか?カウルのステーが折れて、レースに出れないので 困っています。」

「これから出かけるので、戻ってきてから溶接するから、電話番号ここに、書いといて!!」

と、快く引き受けてくれた。

後でM選手が、「TSRが、あんなに敷居が低いとは思わなかった」と言っていた。

 

 

帰り際、ピットクルーに電話をかけ、車検の用意を頼む。アプリリアがピットに戻る頃には 車検の準備が出来ていた。早速2班に別れ、車体の車検と、装備品の車検を行う。当方は、 車体の車検の班に入る。まずは車検場に入る前に、マフラーの騒音測定である。

 

エピソード 4

どう見ても、ノーマルマフラーなのに、今更騒音測定と思っていると、Y選手が 「ノーマルだから計る必要ないじゃん。サイレンサーにマーキングしても、溶接してある サイレンサーだから必要ないじゃん。」と大きな声で笑い顔。 そして当方のチームの順番が回ってきた。

騒音測定直前

車検官は3名。一人はタコメーターとにらめっこ。一人は騒音測定器を持っている。もう一人は マーキング用のペイントを持っていた。

「5500回転を維持して」と最初の車検官がいう。マシンを支えていたHクルーがアクセルを 操作して5500回転を維持する。右斜め後ろから見ていた当方は、測定器を持っている 車検官の行動を眺めていた。まずは、ゲージを使って、サイレンサー出口からの、距離と 角度を測り、そこに測定器を差し出す。

測定器の画面を見ると、「−80」と出ている。何かおかしい!!

測定器を持っていた車検官の顔が青ざめてくる。うまく表示出来ない様だ。そして、測定器を 口元に近づけ、なんと

「あぁ。あぁ。」とまるで測定器をマイクに見立てた発声練習。

そしてもう一度、測定器を所定の位置に戻す。しかし表示は「−80」と出たり、出なかったり。

そのうちに急に測定器をもった車検官の顔が明るくなる。なんと、90デシベル以下は表示 しない機械だったのだ。思わすその場全員が笑いだす。

 

あっと言う間に車両の車検が終わる。車検官には、公開練習日に車検の相談を持ちかけた SV好きの人もいた。装備品の車検には時間がかかったが、問題なし。やっとこれで レースに出れるのである。

車検を待つブーツたち

車検を無事終えたブーツたち。このあと大きな問題が起きるとは・・・。


キャンプ場にテントを設営する班と、ステッカーを張る班と、そして当方は、TSRへ ステーの引き取りに、それぞれの役割配分をして、今夜の宴会の準備が始まる。
TSRでは、溶接の最中であった。出来上がった物はとてもきれいに溶接してある。 さすが日本有数のレーシングショップである。代金は、税込み500円(?)。 持ち帰って合わせてみると、少し肉盛りが大きく、そのままでは装着できないが、 ヤスリで削るだけの作業なので、明日の予選前に行う事にした。
一時はステーの件で険悪なムードであったが、ビールが入ればすべて忘れた。

A総監督に明日の待ち合わせ時間の連絡を入れ、「おやすみなさい」

と、思ったら、「吸血鬼 蚊」に襲われた。良く眠れない。夜中Y選手が車に避難。 当方は、あちらこちらを刺された。唇、右手の甲、右足の甲、くるぶし。かゆくて眠れないし、 ブーツやグローブを付けると、マシン操作に支障が出そうな所である。しかも気温が低い中、 アプリリアで走り回ったおかげで、少し風邪気味。鼻声だ。 でも、そのうちに、眠ってしまった。

昼間、喫煙コーナーで見慣れた笑顔の好青年と遭遇。なんと彼は、T.T.TのNS−2で 接触したF選手。話を聞くと、なんと第1回公式練習でお世話になった「庄内」ナンバーの ライダーとして参戦するとの事。不思議な「縁」を感じた。1000ccに乗るらしいので、 3耐目標と思われる。がんばれ「山形日産」。

   2003.8.29(金)

公式予選日

公式予選日である。しかし、公式予選は、第一、第二ライダーだけで、他のライダーは 「公式フリー走行」である。少しやる気を無くさせる表現だ。

6時にA総監督をゲートまで迎えに行く。その後朝食。7時からブリーフィングが 始まる為、M選手、A総監督がそれに向け準備をする。残った連中がテントサイトの 後片付けを行い、車でピットへ向かう。

当チームの予選組は、「C」。昨日出来なかったオイル交換、シフト交換の練習をこなす。ホィール 交換も行ったので、そのあたりのワイヤーリングを行う。しかし7時間耐久に出る場合には、 ホィール関連のワイヤーリングはどうなる?と、疑問を抱く。オイルアンダーカウルのステーも、 無事取り付け終了。マシン的には何の問題も無い。

予選を待つマシン

耐久レーサーらしく装ったマシン

当チームだけと思われるシフト交換は、A総監督に手順を教え、実際に3回程時間を測った。 予想通り1分未満で終わる。シフトの上下を間違えない様に、総監督がマーキング。細かい 気づかいである。

第一ライダー「A」組の予選が始まる。20分間は早い。そして「B」組。「A」組のチェッカーと同時に ピットからクルーがマシンを走って押して、予選の順番取りが始まる。もうレースが始まっていると 実感した瞬間である。予選のコースインの順番は早い方が得をする。一番先にコースインするマシンと 最後のマシンでは40秒程の時間差がある。1週でも多く走れる方が有利である。 その為のクルーのダッシュである。しかし、指定されたピットが、スタート地点より遠いチームは 悠然と列の最後に並ぶ。走っても無駄だと知っているのだ。当チームもその戦略を実行する事に した。

順取りピットクルーダッシュ競争


チェッカーと共にダッシュする、頼もしい我がチームクルー。後方確認も忘れない。


前の組がチェッカーを受けると同時にピットからマシンを押して順番待ちをする。13列くらいに場所を 確保。そして第1ライラーのM選手の予選開始となる。
9週目に19秒台に入る。そして、赤旗中断。中断時間は短かったが、走行再開後そぐにチェッカーで終了。 走行後、フロントブレーキの不調を訴えるM選手。走行が再開されてから、急にフロントブレーキ のタッチが悪くなったとの事。どうやらクールダウンせずにピットインしたため、熱による 一時的なフェードと考えられる。次の予選まで十分に時間があるので、フロント ブレーキキャリパーのピストン周りにシリコンオイル(これしか手持ちに無かった)を塗布する。 対向4ポットのピストンの内、左右それぞれ2個程、動きの悪い物があったが、シリコンオイルの おかげで動きがスムースになる。

第2ライダーのY選手の予選開始前にも、同じようにピットマンのダッシュ競争が始まる。今度も10番手 くらいのポジションを確保。淡々と準備を進めるY選手。今回は赤旗中断も無く、無事に予選終了。ベスト タイムは、15秒台。遅いビックバイクと絡んでいたようだが、見事なタイムである。
そして、第3ライダー、当方の出番が来る。タイムが予選順位に反映されないが、国際A級と同じ 土俵で走れる事を楽しみにしていた。腕に緑色の腕章を付けて、時間を待つ。第3ライダー以後の 「順取りピットクルーダッシュ競争」は見られない。予選時間が過ぎてからピットアウト、そのまま コースインする(まるでMotoGP)ライダーも大勢いた。
昨夜「吸血鬼 蚊」に刺されたところが、装備品と擦れあい、痛痒い。右足の甲を刺された所は、 ブレーキが踏めない程である。コースインすると、思った以上にマシンの数が少なく感じられ、 今までの練習よりも走りやすい。が、早いライダーは、当方をうまく抜いて行くので、恐怖感を 感じないが、パワーだけでタイムを出しているライダーは、抜かれた後が怖い。その先のコーナー でオーバーランしそうなライダーが多い。特にコーナーで邪魔だと感じたマシンは記憶に無いが、 当方のモチュベーションも少ないせいか、タイムは23秒台がやっとであった。新しいタイヤでは あったが、最終コーナーで、リアが滑る。この現象については、のちのち大きな話題となる。

当チームのベストタイムが15秒台という結果となり、ほぼ2時間耐久の早い組になる事が 確実となり、明日に向けての準備作業となる。

 

エピソード 5

決勝レースに向け、まずはタイヤ交換である。前後ホィールと新品タイヤを台車に積み、 ピレリーのタイヤサービスに向かう。

「あ、そこに置いといて下さい。やっておきますから」

こちらからお願いする前に、しかもかなり離れた距離から声を掛けられた。

(変に有名になっている・・・・。)と、驚愕。まあ、キャンプ場でも、「変に有名人」 だった。3カ月前から、キャンプ場に予約いれた、「もて耐好き」は、「有名人」に ならざぬ終えない。

 

夜7時過ぎから、決勝ブリーフィングが、行われた。その席で正式グリッドも発表された。 予想どおり、そして念願の「チャレンジ2耐 第1グループ」である。「山形日産」チームの 2台とも同じ決勝だ。それにあのゼッケン「200」とも。今まで、練習などで、お世話になって いるチームと同じ決勝を走るとは、変に運命を感じる。
それとともに、決勝の ルールの確認等、1時間以上も行われた。あいにく当方は、ビールが盗まれない様に見張り役を 仰せつかり(?)、出席はしていない。夕食時には、SC(セーフティーカー)、ドクターカー等の 細かな指示を受ける。そして、作戦会議。
SV650のガソリンタンク容量は、16リットル。スタート直前に15リットル入れるので、 2時間の間に1回給油するタイミングは、マシンのガソリンが減って、しかも最後まで走りきれる だけのガソリンを追加給油出来る、スタート後約30分経過してからである。スタートライダーは 予選ベストタイムを出したY選手、ゴールライダーは、やはりマシンのオーナーのM選手、されば レースの真ん中を走るのは、当方である。レースを優位に進めるには、タイムが遅い当方が、 あまり長い時間走らない方が有利である。この際1週でもかまわないと思っていた。
結局、当チームのベストタイムを出したY選手に、約50分走って頂き、当方は、約15分、残りを M選手に任せる方法を取る事にした。しかし、万が一何かのトラブルでSC(セーフティーカー)が 入ると、その計算では勝てない。SCがいったん入り、レースが中断されると、燃費の悪いビック バイク連中にとっては、とても良い給油タイミングとなる。当チームも、経過時間と共に、いかなる 変化にも対応出来る「マル秘 フローチャート」を作り、それに合わせピットサインを出し、 レースを進行する事にした。
「もしかすると、この作戦では、1時間経過時点では、トップ5に入れますよ」 と、M選手。

が、大分酔っぱらっていたので、良く覚えられず、何回も聞き直し、アルコールで満たされた脳味噌 にたたき込んだ。そして翌日お手伝いに来てくれるAピットマンに連絡を入れ、見に来てくれる ダブルT選手にも連絡を入れ、そのまま「おやすみなさい!!」。
隣のテントサイトでは、「7耐出場決定、おめでとう!!」と祝杯を上げているチームもあった。 7耐に出るチームは、明日休息日である。気を使ってくれたらしく、11時には、解散してくれた。

   2003.8.30(土)

チャレンジ2耐 第1グループ 決勝

9時スタートのレースの為、とても忙しい夜明けを迎えた。カップラーメンで朝御飯を取り、 Aクルーを迎えて、準備に取りかかる。まずは、
ライダー給油ピット

ライダー、ピットクルーの給油体制を整えた。それから、スタート前チェックの準備を行う。

ガソリンの容量が決められている為、スタート前には、必ずガソリンタンクを「空」に しておかなければならない。ガソリンタンクを外し、燃料コックを外し、残っていたガソリンをすべて 抜き取る。キャブレーターに残っているガソリンについては、規定が無い為、フロート室、フェール チューブには、ガソリンを満タンに入れた。ガソリンタンクを振って、音がしない事を確認。

スタート前チェック

スタート前チェックでも、同じようにガソリンタンクをオフィシャルが振って、音がしない事を 確認。車体回りのチェックも無事終了。そのまま単車をガソリンスタンドまで押して、きっちり 15リットル給油して頂く。給油後、ガソリンタンクに封印はされなかったが、本コース メイン ストレートに用意されたダミーグリット まで押して行く間、あちこちにオフィシャルが居て、目を光らせていた。

スタート前 ダミーグリット

スタート20分前までは、ダミーグリット上のマシンをいじれない。まあ、何もすることが無いが、 念のため、少しでもガソリンが蒸発しない様、濡れタオルをタンクの上に、掛けておいた。

同じピットを4チーム使用している為、決勝になると観客も多く来ていた。隣のチームは 3耐に出る様だ。大勢の観客がピット内まで応援に来ていた。まあ、多少邪魔かなと思っていると、 そのチームの代表者と思われる人が、
「お隣のチームはこれから決勝ですから、邪魔にならない様にお願いします。」と大きな 声で応援者たちに注意を促してくれた。これからパンツ1枚になって着替える当方にとっては ありがたい一言である。

予選時より、ピットサインエリアが空いている。昨日の予選では、サインボートを出す位置が 悪く当方は見にくかったので、今日は、ピットウオールの広告の切れ目近くで、構える様に サインマンにお願いした。

20分前を切ると、マシンをピットに異動するチームもいたが、当チームはそのままダミー グリットからスタートすることにする。トップライダーのY選手は準備万端。時間が来たので、 まずはサイティングラップである。1周して戻ってきた時には、マシンを正式グリットに 並べる。全車正式グリットにマシンを並べると、出場チームの紹介が始まる。グリット上では 写真を取ったり、取材を受けたり、観客は少ないが、盛り上がり方は、一流耐久レース そのものである。まあ、傘をもった「きれいなネエチャン」は・・・・・見ませんでした。

そしてウオームアップランが、始まる。スタート方法は、レーススタートと同じ「ルマン式」。 グリーンフラッグの合図で、本コースを走って渡り、エンジン始動、そしてマシンスタート である。1週してまた、正式グリッドにマシンを付ける。そして、フラッグゲートの 時計がカウントダウンを始める。

(サイティングラップ、ウォームアップランに関して、どちらが先に行われるか、今だ覚えられ ません。いずれにせよ、レース前に、2週走ります。)

 

午前9時 決勝スタート

少し出遅れた様にも見えた、スタートである。スタート直後の混乱も無く、接触せずにうまくスタート 出来たと思っている。1周を終え、無事に走っている事を確認。マシンの列がまだ混み合っていて、 思う様に走れないようだ。20分を過ぎたあたりから、15秒台で走る。同時に順位も上がり出す。 2番目を走る当方は、スタート直後にツナギに着替える。モニターを見ながら、「作戦」を 何回も確認する。そのうちに場内テレビの取材申し込みを受ける。恥ずかしかったので、 モニターを見ているフリをしていると、アナウンサーに捕まってしまった。当方の記憶では 生まれて初めてテレビカメラの前に立つ事になる。

何を聞かれたか、忘れてしまったが、
「調子はどうですか?」と聞かれ
「マシンの燃費も悪いのですが、人間のアルコールの燃費も悪く、もう手が震えています。」と答えた 気がする。
Hクルーが、「みんなビール好きですから」と言うと、アナウンサーが、
「それでビアフレンズというチーム名なんですね!!」と答えてくれた。
最後にAクルーが、カメラに向かって、鼻くそを掘るポーズ。思わす大笑いしてしまった。 他の人が、オーロラビジョンに写った当方を見ていた。本当に恥ずかしかった。

30分を過ぎた頃には、13番手まで順位が上がっていた。40分を過ぎると6番手。どうやら 燃費が悪いビックバイクが、給油ピットインしているようだ。
「もう少しY選手に走ってむらいましょうか?」とM選手に聞かれたが、走行時間延長のサインを 決めていなかったので、このまま何も出さないと混乱すると思い、「作戦」どおりに進める事を 推奨した。

「作戦」どおり、45分過ぎに「ピットイン」のサインを出す。順位は3番手まで上がっていた。 トップは、ゼッケン「200」。あのSDRフレームの単気筒である。 間もなくピットロードにマシンが滑り込んでくる。当方の出番である。そして当チームだけの ルーティーン作業、「シフト交換」が始まる。

1回目のピットイン

左からは場内カメラ、右からはオフィシャルが見ているなか、A総監督の順調な作業は無事に終わり、 とうとう私が走る時間が来てしまった。ピットロードの制限速度を一瞬忘れてしまったが、「2速で 5000回転弱」をあわてて思い出し、無事にピットロードを通過。コースインする時には、 メインストレート上に他のマシンが無く、無事に走り出す事が出来た。
「何か足りないなー」と思っていると、それは自分のモチュベーションであった。まるで初めてサーキットを 走る様な感覚。アクセルを開けているつもりであったが、アクセルにはまだ余裕がある。スクリーン からはみ出さないように伏せているつもりであったが、風がヘルメットを重くする。コースはほとんど クリアーである。遅い400ccを抜かした記憶もあるが、2周目にはゼッケン「200」に 軽く抜かされる。これでトップとは1周差が付いてしまった。何とかゼッケン」200」に付いて行こうと したが、頭と体がチクハグ。シフトミスはするし、ラインはメチャメチャ。コースを半周しないうちに 見えなくなってしまった。

オーロラビジョン

2周程単独走行。メインストレートでは、コースインする2台のマシンが目に入る。1コーナーのポストでは 「青旗」が降られている。2台とも2コーナー出口までは、イン側を走っている。2コーナー中程で追いついたが、 その後の直線ではあっさりと離される。まるっきり「青旗」の意味無し。「一生懸命振って頂いた オフィシャルの方々、お疲れさまです。そのご恩に報いる様、頑張ります。」が、馬力も当SVの倍近く あるので、直線では勝負にならない。しかし、コーナーが遅い。5コーナーで1台パス。ヘアピンで残りの 1台に追いつく。ラインも塞がれ、あまりの遅さにアクセルを戻さざる終えない。 が、ダウンヒルストレートで、離される。ビクトリーコーナーで射程距離に入るが、 メインストレートで離される。「全く、目の上のたんこぶ」状態。このままではペースが上がらない。 そのうち、3台程にまとめて抜かれる。いつまでも目の前に見える、手の届かないマシンたち。 イライラしてくる。「ピットイン」のサインが出ないかと、メインストレートを通過する度に 目を凝らしてみているが、ピットからは何も出ない。
やっと「ピットイン」のサインを確認。うれしさのあまり、頭を大きく上下に振って、喜びを表現して しまった。

当方の「ピットイン」は、給油作業も行う。ピットロードに入り、給油ピットに向かう。クルーに 単車を預け、タイムカードを受け取る。当方の前には、目の前を走っていた「CB750」とビックバイク。 入った順に給油を行い、給油ピット出口では、その順番でピットアウトする。
ライダー休憩テントでは、簡易クーラーが用意されていた。ヘルメットを脱いでクーラーに当たって いると、ドリンクサービス。なんともありがたかった。銘柄はたしか「DyDo MIU」。 いろいろなドリンクがあったが、渡されたのはそれ。(同じピットのスポンサーじゃん。) ここでも何か不思議な「縁」を感じる。
タイムアウトの時間を待つ間、Hクルーから、「2番手」である事を知らされる。思わず電光掲示板を 見上げてしまった。初めて「2番手」の重みを実感。(これもY選手の功労の結果。)

アホ面で、掲示板を見上げる当方

給油出口テントには、タイムカード打刻機と大きなデジタル時計が置いてある。まずは、CB750 のピットアウト。キック1発、無事にエンジンが始動して、出て行く。その次は、隣のビックバイク。 打刻機の前には、ビックバイクのクルーが時計とにらめっこ。その後ろに当チームの、Hクルー。 当方の時間が過ぎても、前のチームは打刻していない。「おかしいぞ」と思った瞬間、Hクルーが 前のチームのクルーを押し退けて打刻。「あれ、入った順番と違う様だぞ。」と思いながら、 マシンを走らせ、無事ピットまで戻る。そしてまた、当チームだけのルーティーン作業、「シフト交換」 が始まる。マシンを左側から下り、ヘルメットを脱ごうとしたとき、嫌な音が聞こえてきた。

コロン、コロコロコロ・・・

ボルトは何処へ

シフト交換時、ボルトをオイルアンダーカウルに落としてしまった。後ろからマシンを押さえていた Y選手が、「大丈夫、大丈夫」と声を掛け(落とした本人はこれが神様の声に聞こえたそうだ)、 多少時間がかかったが無事に交換終了。落とした人の名誉の為、名前は伏せておきます。
オフィシャルが、「何かトラブルですか?」と聞いてきたらしい。 「いえ、通常のルーティーン作業です」と、Y選手が答えたらしい。

無事に何事も無く給油とライダー交代を終え、最後のライダーM選手がコースイン。最初に走った Y選手は、万が一を考えツナギを脱がずに用意をしている。しかし、ブーツは履いていなかった。 後で聞いた話だか、Y選手のブーツの裏底は、走行中に剥がれ、フレーキペダルが踏めない状態だった らしい。「こんな事でブラックフラックが出たら、どうしようかと、真剣に悩んで走って」いた そうだ。

ボロボロ

残り時間も30分、順位は21位。しかし、1時間経過時点での順位はM選手の予想を、大幅に 上回る結果だ。まあ、モテギのリザルトにも、掲載される事だし、スポンサーに貢献した事になる。 一時は2位を走っていた事もあり、大分注目されていた様だ。同じピットの隣のチームからは、 「何かトラブル発生ですか?」とも、聞かれたらしい。
その後レースは膠着状態。順位の変動も無く、残り時間は5分を切る。サインマンの腕章を付け、 サインエリアでゴールシーンを見ようとピットを出る際に、モニターを見ると、ゼッケン「121」 がV字コーナーで、コースアウト。ただのコースアウトなのに、なぜ注目されるか判らなかったが、 そのチームがトップだった事を後で知る。
メインストレートでは、ガス欠の為、2台のマシンがストップ。実際にはライダーが懸命にマシンに またがりながらマシンを前に進めている。まるでスケートボード状態。ゴールの時間が迫ってる。 フラッグゲートに残り時間が表示されると思っていたが、何も出ていない。私の時計では、もう 11時を過ぎていた。最終コーナーから止まる様なスピードで、1台のマシンが進んでくる。 このマシンも「スケートボード状態」。ゼッケンは「121」。他のピットクルーが彼に声援を 送っている。当方の前を通過、そしてしばらくして、チェッカーが降り下ろされた。

ピット内のモニターを見ると当チームは14位に上がっている。ガス欠チームが大勢出た様だ。 チェッカー後、ピットからマシンを押してゴールラインを目指すチームもいた。

怪我も無く、無事にレース終了

乾杯!!!!!

当チームの第4ライダー「生ビールサーバー」がやっとその本領を発揮する時が来た。昼前から ビールを飲める快感。おいしい。応援頂いた方々にも、乾杯。あっと言う間に「酒場」状態。 ツインリンクモテギ様、お許しあれ。

さて、正式結果を見てびっくり。なんと12位にジャンプアップ。どうやら、チェッカー後に ゴールラインを通過していないチームが2つあった。本コース上のゴールラインと、ピットレーン のそれは、少し位置が違うらしく、それが原因かも知れない。
ゼッケン「200」は、3位入賞。燃費作戦がうまく行った様です。インタビュールームで インタビューを受けている姿がモテギのHPに・・・。チーム監督のS選手に会えなかったのが 残念です。

さて、太陽が西にいなくなり、大人の時間が来ると、もう、「飲み放題」。しかし、「うまく コーナー後半で曲がれない」という当方の話で、ついには、当方のライディング反省会が開幕。 「フロント荷重では曲がれない。」「リアが滑ったのもそのせいだ!!」 「もっと腕をリラックスさせろ!!」「よくあのライディング で、レースやってるよ」等、落ち込む話ばかり。当方の反論としては、

「そんな重要な事、レースの練習の時に言ってくれ!!!」

当方の失言から、釈 由美子の事を「釈 ○子」と言ったばかりに、終いには、「うまく曲がれない 時には 釈 ○子」とまで、言われっぱなし。でも、それだけ真剣にアドバイスしてくれると 思うとありがたく思い、今後実践して行きますと心に誓い、「お休みなさい」

翌日は、7時間耐久レースの観戦。CBXでドーバーレースに参戦しているM選手も、今年念願の 7時間に出場、しかも、無事完走。おめでとうございます。荒垣選手の「あと3秒遅ければ・・・」 のゴールシーンも楽しめました。ダグポーレン、2コーナー立ち上がりのウィリー、大迫力。

長々とお読みいただきありがとうございました。来年の参戦については今のところ不明です。 楽しませてくれた「ツインリンクモテギ」様、ありがとうございます。スポンサーの御協力、ありがとう ございます。不思議な縁でお会い出来た方々、ご迷惑をお掛けしましたが、また「縁」が有りましたら よろしくお願いします。

終演




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shiozawa@mb.infoweb.ne.jp