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SRX250 整備日記 No.5

2004度


最終更新日時:2004年  6月 28日

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その 27

練習再開


さて、新たな年を迎え、取り敢えず読者の皆様、明けましておめでとうございます。本年もよろしく お願いします。当方もやっと「厄年」を終え、これから老後を無事に過ごせそうです。

と、新年のご挨拶も無事に終わり、2月からは、もうレースシーズンが始まる。今年はとても 寒く感じるのは、当方だけか? 寒さにめげて、あっと言う間にサーキットの予約日を忘れてしまって、 2月のレース前に、練習を十分に取れなかった。それでも何とか当月予約を取り、走り出したが、 前回のレース同様、なんとも集中出来ない、やる気の無い練習だ。2週間に一度の割合で、ツクバで 日の出を迎える事となった。

レース直前に練習枠が取れず、このままやる気の無い状態でレースを迎えるのに気が引け、一時は レース参戦をあきらめかけた頃に、M兄弟選手からメールが届き、一様参戦する事にした。 今年から、少しレギュレーションが変わり、NS−2クラスは、2レース開催の項目が削除され、 いわゆる予選落ちのあるレースになった様だ。しかも、予選参加代数は、32台。2003年は 予選36台で行われたレースもあったが、今年からは予選も32台になった様だ。申し込みの 時には、もうレースが行われていた。T・T・Tの「いつもの顔」のM兄弟は、二人とも NS−2に参戦出来なかった。その代わり、SR500とSR400でSRフロンテアに 参戦する。そのうち一人はNS−1にも参戦するという、なんともアグレッシブなチャレンジである。 (今回だけではないが・・)

さて、やる気も無く、しかしある程度の成績を残したいと思う気持ちは、いままで手元で温めていた オリジナルマフラーの装着という手で、レースタイムの向上を計ろうとした。うまく行けば なんとも安直な考えで、まるでテスト勉強をしていない受験生の、神頼みの様な物である。

その前にまずはクラッチの滑りの原因追求である。いつもの様にオイルを抜かずにクラッチ側の クランクケースカバーを明ける為、単車を壁に寄り掛からせて中を明けてみる。クラッチ板、 フリクションプレートには異変は無かったが、クラッチスプリングが、新品より1oも短く変形 していたので、交換した。交換後走ってみると、タコメーターの針は以前より落ち着いた動きに なっていた。しかし、まだとても「20代の女性の肌の様な弾力ある反応」や、落ち着いた「熟女」 の様なしなやかな戻り具合(たまには文学的な表現をしてみました)にはほど遠かった。

謎のオリジナルマフラー インターネットのオークションで数年前に買ったマフラー。一度装着してツクバを走ったが、 キャブのセッティングがあわずにタイム計測という所までは行かなかった。まあ、「走るね!!」と 行った感想である。そして今回は、それを付けてタイムアタック。
しかし、そんなに甘い物ではない。単にメインジェットを濃くしただけではタイムは出ないのである。 各コーナーでのエンジン回転数も変わるし、今まで聞き慣れた排気音でのシフトアップでは エンジンを回し過ぎる事が判明した。それでも何回かメインジェットを交換して走った。しかもタコ メーターに不安がある。それでも、 「体が慣れない」と思っていたが、ライバルのSRXとストレートで速度を比べると明らかに 遅かった。このマフラーを使ってレースに出るよりは、ノーマルのセッティングで、やる方が 良いと思い、当方の「真冬の夜の夢」は、はかなく終演になった。

そして、タコメーターも交換した。

壊れたタコメーター これは、交換する前の壊れたタコメーターのアイドリングの表示。エンジンを十分に暖気して、 同じ状況で新しい物に交換し、回転数を計ったら、 約1600回転であった。アイドリングで、約500回転狂っていた。念のため、非接触型の電子式 タコメーターで計ってみると、新しい物の方が正確であった。
動きもスムース(緩慢)である。古いものがとても敏感に感じた。

結局、整備した(壊れた部分を直した)のは、クラッチスプリングと、タコメーターだけである。まあ、 キャブもついでに清掃しておいたくらいである。ジェット類の変更はしていない。

それでも、直前の練習走行でどうにか14秒の真ん中くらいのタイムが出始めると、前回の様な 虚脱感が少し無くなり、「1年交換していないタイヤでも交換して、悔いの残らないレースを するか」と少し前向きになり、タイヤの予約を入れたり、忙しいレースウィークを迎える事になった。 レース当日の天気予報は雨であった。もしかすともしかするかも知れない。雨が降ると、 ストレートスピードの遅い当方のマシンにも勝ち目がある。勝てないにしろ、ノーマルマフラーの 中では一番早い順位が取れるかも知れない。そんな期待が、寝不足をあおる。


その 29

スポーツ走行について


ここ数年、スポーツ走行におけるいわゆるビックバイクが増えた。これは、限定解除が、教習所で 取れる様になったと同時に増えてきた様だ。反面、入門者用のファミリー走行枠が減った様に 感じる。昔は、当NS−2クラスに出る様なマシンも(レース仕様)、タイム的にはファミリー走行 を走っていたが、ファミリー走行が「ナンバー付き」に限定された為、その後はスポーツ走行を 走っている。

サーキットを走る事は、ある面とてもハイリスクな事である。当方は、一般道を走るよりは安全だと 思っているが、その安全性に付いて疑問を感じる様になってきた。ついてはその点に付いて、この場を 借りて、報告したい。
排気量の大きな単車も、250ccの4st単気筒も、S80も、一緒に走るのが今のスポーツ A走行である。大きな排気量の単車は、直線スピードがとても出るので、とても早くサーキットを 周回出来るというのは、だれしも思っている ことであるが、狭いツクバサーキットでは、その様な方程式は通じないのである。いわゆる 「直線番長」が、多くなってきて、とても危ないサーキットになりつつあるのが、今のツクバ サーキットである。さらに今年から、スポーツAよりもさらに早いクラスのスポーツBを走るには、 周回タイムが1分6秒を切らないといけないのである。つまり、ファミリー走行枠が減り、その分 初心者と思われる大型バイクに乗ったライダーと、1分8秒くらいで走る80ccのレーサーと、 本来ならスポーツB枠だが、セッティングやその他の都合でスポーツAを走る単車、 当方の様な、直線はとても遅いが、コーナーはS80くらい(?)のマシンが混走しているので ある。それに加えマナーも低下している。「ナラシ」マークを付けていながら、レコードラインを 走ったり、ナラシラインから急にレコードラインに入ったり、左側をナラシ走行していたり(ツクバ では右側がナラシ、慣熟ライン)、走行終了のチェッカーが出て、全週イエローフラッグが降られて いるのに、追い越しをしたり、ピットロードに急に減速して、割り込んで入ったりと、 数えきれないほど危ない光景を見ている。

当方がツクバを走り出した頃、それはもう、厳しい世界でした。タイムが遅いとブラックフラックが 降られたし、起き越しざま、指を刺されたし、眼を付けられたし・・・。しかし、今思えばそれらは すべて安全に走行出来る為の自主防衛だったのです。安全に走る為には、危ない物を排除することが 一番手っとり早いのです。最近はサーキット側からブラックフラックが出ませんが、昔ファリミー 走行ではきちっとしたミーティングが行われ(一流国内ライダーがやってくれた)、それに参加する のも楽しみでした。

そこで、運良く当方のHPを読んで頂いた方々に、今一度サーキットマナーの向上の為、幾分自己中心 的でありますが、下記の事について、もう一度確認願います。

反面、当方が抜かされる時に気をつかっている事は、 等です。サーキットに慣れれば、それなりのタイムも出ますが、マナーも「それなり」にならない 様に気をつけているつもりです。コースイン、コースアウトのマナーなどは、レースの時にも同じマナー が必要です。まあ、偉そうな事を書いてしまって反省していますが、怪我をする前に、読んでください。

まあ、思いついた事ばかり、好き勝手に書いてしまったが、機会があれば、サーキット側にも 申し出る予定です。

何故いまさら、こんな事を書いたかというと2月28日(土)のスポーツ走行で、とても 怖い思いをしたからである。当方は、レース前日の最終調整なので、ある程度のタイムを 出したかったのだが、それを邪魔する様なビックバイクの集団には、閉口したのである。 コーナーで抜かすと、向きになって裏のストレートで抜かし返す。そのまま行ってしまえば 文句はないが、最終コーナーで失速していまう。当方が大外から、遠慮しながら抜かすと、 第1コーナーでは、無理やりイン側から抜かしてくる。誰が見ても危ない行為である。 終いには、第2ヘアピンで、インに入った850ccがリアタイヤをロックして、コースアウト。 大外から抜かそうとした当方は、危うく接触。何とか免れたがそのまま、スポンジバリアに 一直線。まあ、無事に回避でき、レースを出来たので、今はなんとも思っていなかったが、 あの時、事故してレースに出れなかったら、850ccに火を付けようと一瞬、まるで 走馬灯の様に、思っていた。
反論も有るだろう。ウイークエンドしか休みが取れない人にとっては、貴重な土曜日の練習日である。 経験が無いと実行できないという事も出てくると思う。しかし、マナーである以上、最低限のお約束 である。安全に、快適に高速スポース走行を楽しめる様に、今一度、(当方も含め)考え直す事に した。


その 30

2004

TUKUBA TOURIST TROPHY in  FEBRUARY

平成16年 2月29日(日)

今年はオリンピックが開催される年である為、2月は29日まであり、まさに4年に一度の日であり、 ましてその日が日曜日であるなんて事は、一人の人間の一生の内に一度有るか無いかのまれな事で、 そしてその日に行われる「T・T・T」に参戦する事は、よっぽど幸運な人でないとまず無いと思う。 こんな偶然が取り巻く日に何か起こるとは、だれしも考える事であろうし、そしてそれを期待する 人も多いと思う。(こんな事を考えるのは私だけであろうか?)
さて、前日のスポーツ走行と、特別走行を無事に終え(?)、眠れぬ夜を無事に過ごし、ピットクルー をピックアップして、ツクバに向かう。途中アクシデントがあり、到着予定時刻を約50分程オーバー したが、幸いにも前日から泊り込んでいたダブルT選手が駐車場所を確保して頂き、挙げ句の果てには NTに参戦するY選手とM選手がピットの場所まで確保して頂き、まるで「重役出勤」でツクバに 着いた。
今回は、一番最後に行われるレースである。何せ一番参加台数が多いレースである。つまりは「メイン レース」(?)。まあ、長いレース経験の内、このような待遇もあっても良いと思う。一番お金がかからない レースがメインレースなんて、今の日本の経済にはあまりよろしくない(バイク屋にありがたく無い) 事である。
受け付け、車検など、一応無事に済ませ、単車の暖気を済ませる。それにしても、去年より 参加台数が多いのは、何故?それも見知らぬ単車が多い。まあ入門者専用のクラスと、言っても良い クラスなので、新規参入はいくらでも歓迎するが、反面、常勝連中はいつもどおり。最近副賞も いただけない当方も、そろそろこのクラスにも「卒業制度」が必要に思われた。しかし、レースの 水準を下げない為にもある程度は見過ごさなければいけない所もある。いつも入賞する連中を 卒業させてしまうと、NS−2のレースタイムは著しく落ちてしまって、見る方も参加する方も 向上心が無くなり、衰退してしまう危機が訪れてしまうであろう。コースレコードを更新するまでには 行かずとも、それなりのタイムの人が1位でないといけないのである。しかし、年間チャンピオンとも 言えるくらいに入賞経験が多い人には、「入門クラス」を卒業して頂かないと、私などのような 中途半端なところで足踏みをしている人には、「向上心を無くすレース」になってしまう。 かと言って、レースを盛り上げて行きたい。何たって、「レースは面白い」。いろいろと考えていると、 「NS−2は、ビギナーズクラスと、マスターズクラスに分けると面白いかも知れない。当方は、NS−2の OFB(オーバー40’ボーイズ)がイイネ」なんて、自分勝手な事を考えていた。世間一般では、 何だか当方も「マスターズクラス」に入るらしいが、まだ1レースでの入賞経験が無く、ただこんな つまらないHPを書いているだけなので、何とかNS−2 OFBで優勝して、人生最大の「勲章」を 取りたい物である。(笑)
しかし、この寒い時期にもうすでにグリッドが埋まるくらいの「人気のある」クラスだとすると、 今後参加者はどうなる事か?32台のグリットに並ぶ為には、まず、申し込みのレースに参加するか、 抽選(になるかも知れない)に運命を任せるしかないかもしれない。

それにしても、今回はオフ車(オンロードモデルではないものも含め)が6台も参加している。 今までに無いレースが始まるの出る。

予選

いつもどおりに少し早めに、予選の列に並ぶ。少しでも予選時間を多く取りたいからである。天候は 朝から曇、そして気温が低い。先日までは4月の天候だったが、雨が降ると言う予報も出ていた程、 あまり良くない。実は、当方としては、去年の2月のレースの経験から、ウエットコンディションの 方が都合が良かったが、残念な天候である。風が無いので人間にとってはあまり寒く無いが、路面温度は 低い。前日よりもほんの少しタイヤ空気圧を上げて走る事にした。
12番目くらいにコースイン。前回のレースのスタートで失敗した「2速発進」を試してみたが、 何の問題も無く、スムーズにスタートした。
寒いとはいえ新品タイヤなので、それほど神経質にならずに走り出した。2週程、軽く流してからタイム アタック。去年は偶然にも2回もフロントローを取れたので(みんな三味線を引いていると思うが)、 今回も同じように、14秒台の中程を出せば、それなりの順位と思っていた。半分くらい過ぎた頃に ピットサインで14秒前半が出た。念のため、電光掲示板を見ると、4位に入っていた。初めは 動いていなかったPラップも後半には動きだした。しかし、電池がないせいか、表示が薄く 見にくい。それでも、14秒の前半を確認して安心してしまった。その後、 もう少しタイムを上げたいと走っていたが、遅い単車が出てきて、なかなか良いラインを走れない。 決勝レースでも無いので、それほど失礼な抜き方も出来ずに、予選が終わってしまった。チェッカー 後に電光掲示板を見ると、そこには当方の番号が載っていなかった。「失敗した!!」というのが、 今回の予選である。みんな真剣だった。群馬のM選手は、昨日は三味線三昧だったのに、やはり B監督のアドバイスが良いおかげか、6位に入っていた。
マシンをA監督に預けて、当方が言った言葉は、「やられちゃいましたね!!!」。

決勝は一番最後なので、ゆっくりと昼御飯をいただく。11月のレースでは、M選手が「甘酒」を 用意して頂いたが、天候がとても良く、温かい物は飲めなかったが、今回は気温が低く、用意して いただいたおでんをたらふく食べた。おかげでツナギがきつくなった。予選順位は、7位である。 こうなれば、精神的攻撃で、ライバルの戦意を喪失させる方法をとる事にした。まずは、前回3位の H選手とその同僚のT選手。そして、群馬のM選手。しかし、百戦錬磨の彼らには、この「オヤジ の小言攻撃」は通じない。仕方なく時間をもてあそんだ当方は、お昼寝タイム。しかし、夢の中では コーナーのイメージトレーニングをしていた。

そして、走るごとに単車が壊れて行く。先日は、サイドカバー取り付けステーが、2個折れた。 今回は、イグニッションコイル固定用ステーが折れた。昨日の練習では、エアークリーナーボックス を止めている4本のボルトの内、3本紛失。シートカウルを止めているボルトも、2本紛失。そのうちに エンジンが落ちるだろう。

決勝

今回のレース全般、とてもスムーズに進んでいたが、当方のレースの前に行われた「NT」の 決勝は、大荒れである。「大荒れ」なのは、実は当方の身内の話であって、M選手はコースアウト後 そのままリタイヤ、他のライダーの転倒で、赤旗中断。30分程全体のスケジュールがずれ込む事に なった。2ヒートとなったレースでは、Y選手が5位に入賞。しかし、「お立ち台」に上がる事は 出来たが、規定では4位までの入賞なので、台に上がっただけで何も無くレースを終えた。 まあ、当方としては一つの大きな疑問が、レース前に解決出来たので、イライラする事もあったが 今までにない緊張に包まれて決勝を迎える事になった。

決勝グリッド 何となく、いつもの事であるが、ライダー紹介は恥ずかしい物である。取り敢えずヘルメットを かぶって顔を隠すが、ヘルメットの中の顔は真っ赤。ついでに、小さくジャンプしながら、 1回転してしまった。顔を隠せば、恥ずかしくないらしい。

そして、先導車が2週のウォームアップランを終え、いよいよ日章旗による、スタートである。 前回の反省から、2速スタート。テストは2回ほど行った。喉から出てきそうになる心臓を呑み込んで、 その時を待つ。そして・・・

スタート!!!

少しは学習能力がある人間だと関心するくらいの、良いスタート。誰にも抜かされる事も無く、イン側 に見えた黄色い車体の進路を塞ぎ、進路を邪魔される事無く、第一コーナーを通過。この時点で6位に なっている。目の前には、たしか「77」番。実質当方が抜いたのは2台、1台に抜かされた。そのままの 順位で最終コーナーを抜け、1週目が終わる。ピットサインを見る余裕もない。そしてまた、第一 コーナー。前車のスキを観察しながらコーナーを抜け、真横のポストを見ると、赤旗を出していた。 前方第一ヘヤピンのポストを見ると、赤旗を振っている。あわてて、左手を上げて、後方に知らせる。 初めての「赤旗中断」である。
第一ヘヤピン手前で後方を見ると、別に以上は無い。そのままダンロップ下を通過すると、前方には 救急車が止まっていた。最初は「ただの路上転倒」と思っていたが、担架に載せられるライダーを 発見した。そして、オフィシャルが見慣れた単車を支えている。

「黒いグースだ。でも、似ているな〜。あれ・・・。あれは、22番の、Tさんだ」

ピットロードをいつもよりゆっくりと走り、彼らのピット前で単車を止めて、ピットクルーに その事を伝えた。あわてて医務室に向かうクルー。担架で運ばれる姿は、意識のある様子であった。 当初は、うまくいったスタートが惜しまれた。転倒してもそれほどの怪我ではないと思っていた。 同僚のT選手が私の隣に単車を止める。事故の事を伝えた。

どんな事があっても、レースは進行する。仲間が怪我をしても、自分たちの残された仕事は、こなさな ければならない。スタート直後の中断なので、決勝周回数の変更は無く、しかも、スタートは初めから やり直しである。約10分のインターバルの間に、刻々と彼の情報が入ってきた。どうやら そのまま病院に直行だ。鎖骨を骨折したらしい。意識はあるそうだが、 クルーが病院まで同行することになり、残ったT選手のクルーが不足するが、この際仕方ない。

逆に心配になったのは、当方のガソリンである。多少多めに入れたが、2週のウォームアップと、 減算されない周回は、結構神経質にされられた。だが、それよりも心配なのは、T選手の容体であり、 今の自分のレース。今まで緊張にさらされていたが、逆に落ち着いている自分を発見した。

そして、2回目の

スタート!!!!!!

今度は大分失敗。当方が失敗したというよりは、周りのライダーがスタートに慣れたと言った方が 正しいかも知れない。第一コーナーでは、5台程に抜かれた様だ。まるで「だんご10兄弟」 状態。皆同じラインあたりを走っているので、少しラインをずらし、第一ヘヤピンまでに数台を 抜かす。タイヤが冷えていて滑るなんて事は考えもしなかった。第二ヘヤピンまでにまた何台か 抜いた。裏ストレートエンドでも1台抜いて、結局ホームストレートに戻った時は、6位であった。 確か2週目だったと思う。前方を走る「3」番を抜かし、3週目くらいで「23」番を抜かして、 序盤で4位になる。前方には「OVER」マフラーを付けた「15」番。大分離れている。その 15メートルくらい先で2台がバトルしている。

いつものレース展開であれば、この先順位が落ちるであろうが、今回の当方は今までとは少し 様子が違う。この1カ月、スポーツジムにまじめに通い、筋力と持久力を付けてきた。特に持久力 には重点を置き、1カ月で110q程走り込んだ。周に3回、一回に付き約10qのマラソンを こなしてきた。これはとても大きかった。どんなに力んでマシンを走らせても、息切れが しないのである。しかも、マシンを左右に、簡単に振り回せた。
レース前の練習では、ストレートスピードが違い過ぎ、追いかける気分にもならなかったが、今は 状況が違う。今こそ、追いかけなければならない。第一コーナーから第2ヘヤピンまでの間で、 彼が不得意とするコーナーを見極めそこを重点的に攻めて行った。3週程すると、裏ストレート手前 では、もう目の前である。が、最終コーナーまでに離されてしまう。ウワサによると、彼のエンジンは 年末オーバーホールしたらしい。やはり無理かも知れないと思う反面、ノーマルマフラー最速の ポジジョンを維持したいと考え始めた。自分の目標をはっきりと意識して、自分に気合を 入れた・・・・。
「このフニャ○○野郎、しっかりしろ!!!」(少し下品です。)
最終コーナーで離された距離を何とか取り戻そうとし始めると、周回遅れが出始める。最初の 周回遅れは呆気なくやってきた。オフィシャルのポストではあわてて青い旗を振っている。 その青い旗を見ている事を祈りつつ、練習走行では決して実行しない、「嫌らしい抜き方」で 彼らを交わして行く。前方の「15」が躊躇していると思うと、張り切って「嫌らしい抜き方」を 実行した。時々後ろを振り返る前車のライダーをにらみつけながら、周回を重ねる。2回程 後ろから来た単車の影が目線に入ったが、ラインを遮った。
Pラップは動いていた。一度覗いたディスプレイには、今まで出した事のないタイムが表示されて いた。しかし、前車に追いつかない。前車もこんなタイムで走った事が無いはずである。 当方が後ろからプッシュした様な物だ。授業料が欲しいくらいだ。
第一ヘヤピンで黄旗が出ていた。他の単車を抜かさぬ様に減速し、しかし、前車に近づく事がで きた。しかし、結局裏ストレートで離される。とても早いスピードで走っているはずなのだが、 とても冷静な思考回路が働き、とのコーナーでも反省しながら走っていた。満足したコーナー リングは一つも無かった。そして疲れを感じないほどとても面白い。鏡で自分の顔を見れた ならば、満面の笑顔を浮かべていただろう。こんなに走る事が面白いと感じた事は ここ1年無い。それほど面白かった。

お立ち台

結局、そのままの順位でゴールイン。

T選手の容体が心配である。断片的に情報が入り、どうやら意識はしっかりしているが、 事故当時の記憶が無いらしい。取り敢えず「仇討ち」した証拠のタイヤメーカーの帽子を彼に 渡す様にお願いする。せっかく「お立ち台」に彼の子供と乗る約束を実行出来る時であった のに残念であったが、楽しみはもっと大きくしてまた果たせば良い事である。

この記事を書いている時、彼の容体の連絡が入る。骨が3つに折れていて、手術が 必要だそうだ。

楽しい反面、それぞれリスクを背負ってサーキットを走っている。これを読んでいる紳士淑女の 方々、サーキットマナーの向上のご協力、よろしくお願いします。


その 31

今度は、これも壊れた!!!


と言うわけで、思わせぶりな題名から始まりました。まあ、単車も壊れるし、今度の事件は 精神的にだいぶダメージが大きい。

3月のとある日、目が覚めると、なんと左腕が全く上がらない。朝方冷え込んだので、それが原因で 腕が冷えてしまったらしい。まあ、風呂にでも入って、温めれば直ると思っていたが、その後毎日 風呂に入る時に、時間をかけて腕を温めるが、一向に直る兆候が無い。仕方なく、近くの医者に行く。 「40肩ですかね?」「年齢的にその様な症状では、40肩でしょうね!!」と、言われ、湿布と 飲み薬を頂く。気になったのは「急がずあわてず、ゆっくりと直す様に心が得て下さい。半年以上も かかる方もいますよ」と言われ事である。「あわてず、ゆっくりと」と思い、その後3週間程その 医者に通い、薬を飲んでいたが、一向に良くならない。それでも温かい日だけは、腕が上がる。日常 生活は多少不便であるが、当分レースも無いし、単車に乗る用事も無いので、一進一退の状況だ。 それでもゴールデンウィーク近くになると、遊びに行けない事にイライラし、医者を変えてみる 事にした。その昔、腱鞘炎では大分お世話になった、家からは大分遠い医者に行ってみた。

レントゲンを取り、理学療法をして、診断である。全く肩から上に上がらなくなった左腕を無理やり 上に上げて、「50肩ですね、潤滑剤を注射しましょう!!」。涙が出るくらいに痛かったが、それ よりも医者の言葉が、心に痛い。この1カ月で10歳も歳を取ってしまった、私の肩。もう、50歳 の言葉が似合う歳になってしまった。ショック!!

ゴールデンウィークの直前、そろそろ周りのライダーが走り始めたが当方は、肩が痛くて単車に 乗れない。しかし、Pラップの下取りセールもあり、ツクバに行く事にした。他人の走行を見ても 面白くない。「15」のM選手、前回出れなかったK選手などとお話。そして、アクティビティー の茂木さんから、「私も経験有りますけど、動かさないと直りませんよ」と言われ、その後無理やり 動かす様にした。

それでも、痛い!!

追い打ちをかける様に、今度は虫歯が痛い。今年のゴールデンウィークは結構長いので、直前の 土曜日に、歯医者に出向くが、やはりどこも混んでいる。幸運な事(?)に誰も居ない歯医者を見つ た。診断はすぐに始まったが、やはり「連休前には、何も出来ません」と言われ、「取り敢えず、 痛い所が他の歯に当たらない様に、削っておきます」と、応急処置だけである。まあ、この歯は、 昔治療したが、その「詰め物」が取れてしまい、仕方なくアロンアルファーで直そうと試みた歯で ある。3日でまた取れた。仕方なく次に試したのは「水中エポキシボンド」である。これは3カ月 もった。結局、取れた。今回、この歯は、タテにヒビが入り、とても痛い。まあ、かみ合わせでは 痛くなかったのでそのままGWが明けるのを待つ事にした。
歯医者の後、ジムに行って走っていると、どうも削った歯が気になる。走りながら舌でその部分を なめていると、それが原因で舌に傷が入ってしまって、翌日から舌がはれてしまった。もう世間は ゴールデンウィークの真っ最中である。飯も食えず、話す事も満足に出来ず、50肩で満足に寝返りの 出来ないこの40代の男は、とても淋しい休日を過ごすはめになってしまった。

休みが明ければ、早速歯医者に直行。それにしても、いつ来ても誰も居ない医者である。少し不安(?)。

温かくなると、肩の調子も良くなるが、完全に腕が上がるわけでは無い。肩と歯のおかげで4月は ジムに行けなかった。そろそろレースの準備をしなければいけない時期である。溜まった工作のために ボール盤を動かしていると、どうもポンチ跡が見にくい。「これは老眼だ!!!」・・・・ショック!! (「北斗の拳」風に、ユー ア ショック!!  ラオウ昇天ならず、こっちが昇天かよ・・・ パチスロです。この部分は、「さまーず」の様に・・・)ちょっと難しい、ジョークです。

と、言うわけで、遠近両用、ゲット。まあ、このメガネは家で細かい作業をする時にだけ使用する 予定。

とはいいながらやはり痛い肩をこらえ練習だけはしておかないと、レース感覚を忘れてしまう。6月 18日、予定に無く突然走行枠が入ったので、予約した。やはりとても空いている。しかし、遅い 単車は相変わらず居る。そして、2本目何となく13秒台の「目」になり、 勢いで走っていると、なんと「転倒!!!」それも、ツクバでは初めての左コーナー転倒。「最近、 単車が良く小回りするな〜」と感心していると、実はリアタイヤが滑っていた様だ。転倒の前には 今まで接地しなかったマフラーが接地。同行したM選手に「やり過ぎですよ」とも言われた。でも このタイヤ、まだ5時間しか使ってないのに。赤旗中断してしまいました。申し訳ございません。
滑り始めた時にカウンターを当てたのですが、シャンボーンの様にはきれいに曲がれませんでした。 滑りながらヘルメットの中では大笑いしている自分。まあ、怪我しないとは、思っていました。

結局、こんな状況で、レースを迎える事になりそうです。


その 32

2004

TUKUBA TOURIST TROPHY in  JUNE

平成16年 6月27日(日)

キーワードは、「M」

今回から、「キーワード」を入れてみた。「なんでか?」、と、言われても、困まる。今回は、なんと 3つの「M」が、当方のレースを楽しませて(?)くれた。

「また、レース直前の転倒ですか?」と誰かに言われたのが、とても心に残っている。そうです、この RT SSO(SOSでは有りません、くどい様ですが・・・。)は、どうもレース直前に転倒する のが、多い。まあ、雨の中他車の転倒に巻き込まれて転倒し、翌日のレースに参戦出来なかった事も、 有るが、どうもレースに向け、順調に調整はするのであるが、そのタイミングがずれている。つまり、 「詰めが甘い」らしい。
詰めも甘いし、転倒後の立ち直りも遅い。これではレースにならない。転倒後、3回程走ったが、 どうも単車に対する精神的不安から、「走れ」ない。タイヤは最初後輪だけ交換し走ったが、フロントの 接地感も感じなくなり、前後とも新品に交換してしまった。それでもいつもの新品タイヤに乗る時の様な 安心感はない。「まるで違うマシン」と言うのが本心。
おまけに、シートカウルを加工したおかげで、キャブがあわない。当方のシートカウルは、サイドカバーまで 兼用している自作の物で、その昔、ツクバライセンスのファミリークラスを走っていた時、エアークリーナー カバーを外している事がばれないようにした物で、とても目立つ(デザインが悪い)物であったが、そのカバー を止めるステーが、振動で折れてしまった為、サイドカバー部分を切り取り、シート取り付け方法を変更した。 その為、エアクリーナーボックスは丸見え、クリーナーボックスの内部が丸見えだ。この所の練習日は、気温と 湿度の差が大きく、メインジェットのセッティングには悩まされていたが、どうもその原因が、このサイド カバーにある事が判った。前日の特別スポーツ走行(レース参戦者だけが、クラス別に走れる)の時、群馬の M選手にメインジェットを借り、そして彼も同じ意見だったので、ガムテープでエアークリーナーの本来フタが ある部分にカバーを作りどうにか間に合った。おかげでエンジンはスムースに11000回転まで、回る 様になった。が、問題は、ライダーの精神力である。やっぱりタイムは出なかった。

そして迎えたレース当日。当方の狙いは「雨」である。朝方、弱い雨に降られながらツクバに向かった。雨は 路面が濡れる程ではないが、雨に弱いライダーにとっては、ヘルメットシールドに付いた雨粒を見ると、それ だけで、タイムが落ちる。それを祈っていた。
しかし、天候は徐々に回復に向かう。受け付けを済ませ、場所を確保して頂いたNTのM選手と合流する。 車検まで、十分な時間が合ったが、レースの時にしか会えないライバルたちとの挨拶が、結構忙しい。 その合間を見て、最後に気になっていたキャブの同調だけ確認する。雨が降りそうに無い天候を確認し、 サスの調整もそのままである。

予選

一番最後に行われる為、少し遅れていた。何せメインの(?)ドカッティクラスでは、転倒車もかなり 出た様だ。あいにく確保した場所は、そのドカッティー連中(何たって、車両の価格では、かないません からね・・・)にいい場所を取られた為、当方ら(主にNS−2の連中が多かったが)は車検場のその 奥の、端っこで、レース進行のアナウンスがよく聞き取れない。おかげで、時間どおりに並ぶと、 予選のコースインは3列目である。
やっぱりいつもより観客が多い。若いねえちゃんも目立つ。走り出すと結構気持ちがいい。でも、タイムが 上がらない。1コーナーなんて、ヘルメットにハエが止まりそうだ。自分で判っていても、右手が動かない。 まるで老人体験服を来て、走っているようだ。でも、それが事実なので仕方ない。「21」に抜かれ、 自分の情けなさに落ち込む。しかし、その落ち込んだ時が一番タイムが出ていた。結構、無理な力が 入って、力んでいるようだ。1コーナーで見ていたNTのM選手にも同じ事を言われた。あぁ、情けない。

結局、予選は11位。まあ、1年前の成績に戻ってしまった。

最初の「M」のキーワード 

予選まえから、M兄選手のマシンに付いているオーリンズが話題になっていた。そんな彼のマシンの 調子が良くないらしい。今回、オリジナルのマフラーで初挑戦で、どうもキャブのセッティングが あわない様だ。まあ、当方としては、ノーマルマフラーの自分のセッティングはよく分かっていたが オリジナルマフラーの正確なセッティングは良く判らない。それでも話を聞いていると、どうも 「濃い」。他にオリジナルマフラーを付けているSRX連中の話は聞いていたので、それと同じように 薄めに変える様にアドバイス。同時に、油面チェック。バタフライの同調など・・・。ウォームアップ エリアで試乗させて頂くと、結構中低速のパンチ力もあり、上もスムーズに回っていた。リアの 乗りごごちもとてもよい。が、フロントフォークのダンパー不足が気になった。

2つ目の「M」のキーワード 

そんな最中、「4」のS選手が、予選トップの[15」M選手のエンジンの調子が悪い、予備の エンジンの部品を貸して欲しいと尋ねてきた。ピットに行くと、カムチェンテンショナーの リターンスプリングが折れていた。予選を10週しかしなかったのは、それが原因らしい。しかし、 単純にその部品だけを交換しても、だめだろうと思っていたが、彼らの望む様に、予備エンジンから それを外して、ついでにテンショナーリリース用ドライバーも貸した。実はそのドライバーは キャブのメインジェット交換用でも合った為、当方も彼らの作業が終わらないと、メインジェット を交換出来ない。

そうしていると、今度はNZのT選手。オイルクーラーあたりからオイル漏れ。M兄選手から、 オイル漏れに使っていた「何とか何とか」というスプレータイプのケミカルを借り、それを吹きつけ、 そして、手持ちの電気半だで温め、効果を高めた。

そうしていると、「15」のM選手、カムチェーンテンショナーは直ったがやなり、バルブステムが 曲がったらしく、温まると止まってしまうらしい。結局、当方の予備エンジンがまたもや、働く 事になった。「15」のM選手には2名のピットマンが居たので、30分もあれば載せ変える事が 出来ると思っていたが、細かい部分の部品の交換があり、エンジンが始動したのは、決勝の直前で あった。でも、あのエンジン、良く始動したと、その方が驚きであった。

そして自分は何をやったかというと、天候がくもりだし、風も冷たく感じてきたので、メインジェット を転倒と同じセッティングに変更しただけである。危うく、ガソリンを入れそびれるところだった。

決勝

そして、3つ目の「M」のキーワード 

レース進行は大分遅れていた。スタート前チェックが終わったスペースには、当方らの前のレースの NTクラスが出番を待っている。長い待ち時間の間、いろいろと情報収拾。前回優勝した「10」の F選手は、今回TT250Rでの参戦。予選前に彼のチャレンジ精神に感服し、「NS−2クラスの ロッシ」とあだ名を付けました。その彼はマシントラブルで、決勝リタイア。修正したプラグ穴が 完全に直っておらずに、走行中にプラグが飛んでしまったらしい。でも、またNS−2にSRXで参戦 したいと言っている。彼程の腕前ならば、もっと上のクラスで良い成績を残せる可能性もあるのに、 それほどNS−2クラスに愛着があるのが不思議であるが、冷静に考えれば、「お立ち台」の一番上は 相当気分が良いと言う事だ。当方も、残り少ない人生の内、一度くらいは、登って、「下界」を見て 見たい物である。

ミーティングが終わる頃から、なんと雨粒が降ってきた。でも路面が濡れる程ではない。とても 微妙な天候。「レインレース」と「ドライ」、いつ、どのように宣言サレルノであろうが、全く 判らない。「レイン」宣言されても、レインタイヤ使用禁止なので、何もやる事はない。

いつもの様にマシンを押して、グリットに並ぶ。前から3列目、右側は、M兄選手。お互い、デジカメで プロレスごっこの記念撮影(?)。その後ろにはM弟選手。結構スタートがうまい。今回はインをさされ そうだ。
レース進行は順調だ。サイティングラップでは、M兄選手の調子が気になった。当方のアドバイスが 間違っていなかったかどうか、心配である。一番最後にグリッドに着いた彼に合図を出すと、よい返事が 帰ってきた。どうやらよいアドバイスになったらしい。 そして・・・・。

スタート! 大失敗しました。

案の上、4列目に連中に抜かれる。1コーナーではあまり無理をしない様に様子を見ながら、1ヘヤの 外側から数台抜かす。M弟選手にインをさされるが、彼のマシンのポテンシャルからすればここで、無理 するより、裏ストレートで簡単に抜かせると思い、あまり無理はしない。2週目くらいまで、ヘルメット シールドに雨粒が付く。トップから団子状態だが、自分の位置が判らない。3週目には雨粒がなくなり、 トップ連中がペースを上げた様だ。少し離れる。前はM兄選手、黄色いグースも見える。「17」が 前の集団から落ちてくる。「どこかで見た様なオイルキャッチタンクだ」と感心してみていると、どうも それは、レギュラーコーヒーの粉が入っている缶らしい。たしか4週目の裏ストレートで追いつき、「17」 の挙動を観察する。最終コーナー入り口では、フロントタイヤが暴れているのがよく見えた。恐ろしい程 暴れている。「自分だったら、あのマシンには乗れないな!」と思いながら、一度どこかのコーナーで 抜かしたと記憶している。しかし、鋭い突っ込みで出口を遮られ、アクセルを閉じる。なんとも、抜かし ずらいマシンだ、と思っている時にやっと思い出した。2002年に2回優勝しているM選手だ。手ごわい 相手だ。同い年とは思えない、まるで10代の走りである。
次の周、 裏ストレートで、スリップを使って何とか前に出る。最終コーナーをいつもより2メーター程インから 入る。少しアクセルを戻した時に、彼の姿が目に飛び込んできた。それもフロントタイヤを大きく 暴れさせながら、アクセルを閉じ、インに切れ込んできたのである。ものすごく怖い光景だ。右側は ゼブラ。左からは大きく振動しているマシン。ハングオンしたライダーの体。しかも減速しながらイン に入ってきた。当方の口から心臓が出そうになる。彼の腰あたりに当方のクラッチレバーが食い込み、 一瞬当方のトラクションが無くなりふらつく。転倒間違いないと思ったくらいである。
最終コーナーの出口では、失速している彼のマシンを抜き返し、軽く手を上げる。しかし、また、彼の 激しいイン塞ぎぜめを1コーナーでくらってしまう。
こんな所でバトルしてもペースが上がらないし、やっと取り戻したレース感覚も覚めて来て、彼との 間を少し明ける事にした。また、最終コーナー手前で抜かしても、彼は同じアタックを続けると思った からである。まあ、これがトップグループの争いなら話は別であるが・・・。最後にもう一度最終 コーナーで抜かせる様に、間を明けない様に走っていると、周回遅れが見えてきた。かなり遅いマシンだ。 こうなると、そのバックマーカーもどんな挙動をするか不安になる。だいだい青旗見ているか、不安だ。 1コーナーで、「17」は外から、当方はインから彼を抜かそうとしていると、彼がインに入り込んできた。 アクセルを閉じた時に外から「21」に抜かれる。
まあ、まとめて2台抜かそうと思ってはいたが、どうやらその2台は子弟関係らしい物がある。 後半「17」がガス欠の様な症状が出た時に「21」は抜かさなかった。こんな順位で変に絡んで、 怪我する事だけは止めておいた。結局11位。まあ、「1」を二つ取ったという事で、よしとしま しょう。

それにしても、「15」のM選手は、3位入賞。「4」のS選手は、このところ転倒続きだったのに、 優勝、「39」のM選手は、組み直したエンジンの調子も良く、2位。M兄選手は、7位。私の 分身である予備エンジンは、この所貸出先で続けざまに3位を2回。NS−2のレースが全国的に 盛り上がっている様なら、当方は、コンストラクターとして、残りの人生を生きたい気分です。

最後に、ジャンケン大会に向かうNT3位入賞のY選手の友人のお子さんと、ジャンケンの練習でも 負けました。ジャンジャン。

そういえば、レースアナウンサーのボンバー山本氏、「笑っていいとも」で恋人募集していました。 誰かいい人居ませんかね。あ、そういえば、自分の事は、棚に上げていました。当方もついでに よろしく。ついでにY選手、当チームのビルヌーブ・A監督の分も・・・。キリがないので、このあたり で終わります。では、また10月に。


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